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大阪地方裁判所 平成9年(ヨ)2963号 決定 1998年7月07日

債権者

古家明紀

(ほか三四名)

右三五名代理人弁護士

下村忠利

森博行

岸上英二

幸長裕美

安由美

債務者

グリン製菓株式会社

右代表者代表清算人

廖利啓

右代理人弁護士

森恕

吉村信幸

主文

一  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者ら各人に対し、別紙記載<1>の各金員及び、平成一〇年六月二一日から、同年一〇月二〇日又は本案の第一審判決の言渡しの日のいずれか先に到来するまで、毎月末日限り、毎月二〇日締めで別紙記載<2>の割合による各金員を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一事案の概要等

一  本件は、債務者が、債務者の解散(以下、「本件解散」という。)、事業閉鎖に伴い、債務者の従業員であった債権者らを全員解雇(以下、「本件解雇」という。)したのに対し、債権者らから債務者に対し、本件解散、本件解雇が無効であるとして、債権者らが債務者との関係で労働契約上の権利を有する地位を仮に定める仮処分及び債務者の債権者らに対する賃金の仮払い仮処分を求めたという事案である。

二  当事者の主張は、各主張書面(表題に「準備書面」とあるは、主張書面と読み替える。)のとおりであるから、これを引用する。

三  本件では、本件解雇が無効であるか否かが主要な争点であり、具体的には、<1>本件解散が、偽装解散、解散権の濫用などの理由から無効となるか、<2>本件解雇が、いわゆる協議・同意約款違反となるか、<3>本件解雇が不当労働行為となるかなどが争われている。

第二当裁判所の判断

一  本件解散について(<1>について)

1  本件の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が一応認められる。

(一) 債務者は、平成九年一〇月二一日の株主総会の決議により解散した(<証拠略>)。廖利啓は代表清算人となり、裁判所に対し解散届を提出し(<証拠略>)、清算業務の一環として、平均賃金三〇日分の予告手当を債権者らに支払い、同年一一月九日、債権者らを全員解雇した(<証拠略>)。

(二) 解雇した社員に対し、平成九年一一月一七日に退職金を支払い(<証拠略>)、さらに同月一八日には、解雇日までの給与の支払も行い(<証拠略>)、元従業員に対する支払いはすべて完了した。

(三) 債務者の取引先に対しては、会社解散と取引終了の事実を告げた(<証拠略>)。

(四) 債務者は、平成九年一二月二日、大阪市に対し、廃業届を提出した(<証拠略>)。

(五) 代表清算人は、商法第四二一条に基づく公告を行い、同公告は、平成九年一二月九日付、同月一一日付、同月一五日付官報にそれぞれ掲載された(<証拠略>)。

(六) 本件解散の理由に関しては、以下の事実が認められる(<証拠略>)。

債務者は、現金取引、商品については配達配送なしの工場渡しかつバラ売り、販売促進活動をしないといった特殊な営業形態をとっており、製造部門を担当する従業員がほとんどで、宣伝、販売、営業、配送等を担当する人員、車両などの設備もなく、そのノウハウもない会社であった。

取引先の多くは、個人営業の小売店舗や個人仲卸業者であり、その高齢化や世代交代の困難性、大手スーパーマーケットやコンビニエンスストアの進出の影響などから、転業、廃業が進み、ここ数年来、急激にその数が減少したことや、消費者の菓子離れもあって、債務者の売上や経常利益が減ってきており、現状のままで営業を続けるとやがては赤字経営になるとの状況にあった。

廖利啓ら経営者らは、これから新たに配送部門や営業部門を設けるには経費がかかりすぎると判断し、またこのままの経営を続ける意欲も喪失しており、余力のあるうちに廃業したいと考えていた。

古参従業員を含む二〇名が、債務者の意を受けてか、希望退職に応じ、工場については、廖利啓ら経営者の手を離れて、組合による生産管理がなされたこともあり、債務者は再建はもはや不可能と判断した。

そして、最終的に、企業廃止の方法として本件解散を決意するに至ったものである。

2  偽装解散か否かについて

本件解散は、前記認定にかかる廖利啓らの考え方ないし態度からすれば、債務者の株主(廖利啓ら一族が株式の大半を所有している)の真意としてなされたものであり、特にその株主総会の決議の要件を欠いているといったことの疎明もないことからすると、商法上有効な解散決議があったものと認められ、その後の債務者らの清算に向けての一連の行動も併せ考えれば、本件解散が偽装解散であったとは認められない。

3  解散権の濫用等について

そもそも企業を廃止したり、会社を解散するか否かを決めるのは、企業主(株主)の自由であることからすると、解散が直ちに不当労働行為となることはなく、また、客観的かつ合理的な必要性がなければ解散してはならないというものではないから、前記認定にかかる解散理由が具体性に乏しいものであっても、仮に外部的要因というより、経営努力不足から、赤字化のおそれが生じたにすぎず、客観的に見れば、営業の再開、会社再建、赤字防止が十分可能であるとの事情が認められるとしても、本件のごとく、株主の真意に基づき解散決議がなされた以上は、その判断こそが尊重されるべきであり、解散は有効となるものであって、本件解散についてそのことは変わりない。

また、後述するとおり、債務者と債権者らが所属するグリン製菓労働組合(以下「組合」という。)との間で本件解散直前まで団体交渉が継続していたが、その間の具体的事情を考慮したとしても、本件解散を決めたことが不当労働行為に該当するとか、それが、企業主の廃業の自由を否定し、本件解散を無効としなければならないだけの事情があったものとは認め難い。

以上によれば、本件解散自体は、不当労働行為には該当せず、また、解散権の濫用にも当たらず、本件解散は有効と解される。

二  本件解雇の効力について(<2>及び<3>を含めて)

1  <2>については、債務者と組合との間で、解雇に関し、組合との協議条項や組合の同意条項が明示的に定められた事実はなく(<証拠略>)、また、債務者と組合との間で交わされた約定からそのように解釈できるような条項もないことから、右条項違反を理由として直ちに無効となるとの債権者らの主張には理由がない。

2  <3>に関しては、債務者の行為、とくに、組合と債務者との間の交渉内容が問題となろうが、これに関しては、以下の事実が認められる(以下、共通する疎明資料としては、<証拠略>)。

(一) 債務者は、各種菓子及び各種食品の製造販売等を事業内容とする株式会社で、いわゆる二代目社長である廖利啓を代表取締役とし、義兄である王虎克を専務取締役に、実母である廖瑞蓮を監査役とする同族会社であり、債権者らはその従業員であったもので、組合に所属する組合員である(<証拠略>)。

(二) 平成九年八月二三日、廖利啓は、古参の従業員約一〇名に対し、「このまま行くと会社は赤字になる。体力のあるうちに事業を閉鎖したいので、一〇月二〇日に閉鎖する。」と提案した。

(三) 従業員らは、かかる突然の事態に驚き、職場の確保に向けて努力すべく、同月二七日、債権者らを含む従業員で組合を結成した(<証拠略>)。これまで債務者には労働組合はなかったものである。

(四) 組合は、同月二九日、債務者に対して組合結成通知を行うとともに団体交渉を申し入れた(<証拠略>)。

(五) 平成九年九月一日、第一回目の団交が開催された。組合の上部団体の役員の参加があった。同日の団交において、組合は、廖利啓らに対し、閉鎖(廃止)の方針を再検討の上撤回せよと迫り、廖利啓は、閉鎖回避の可否を再検討するつもりで、「一〇月二〇日閉鎖は撤回します。」と回答した。また、債務者と組合は、「(1)会社は、労働基準法をはじめ、労働関係法を守る、(2)労働条件の変更については、会社は組合と協議し同意をしたうえで行なうものとする」との内容の協定書を取り交わした(<証拠略>)。

(六) 平成九年九月六日、第二回目の団交が開かれた。廖利啓は、組合に対し、「もう一度検討したがやはり閉鎖しかない。新しい条件の退職金規定を作ったので、意見を聞きたいから説明をしたい。」と述べたが、組合側は、会社側が前回団交で企業継続を約束したではないかと反論し、債務者はそこまで約束はしていないと再反論をして対立し、両者は平行線のまま時間が過ぎた。結局、「<1>企業再建に向けて努力する、<2>再建計画については必ず組合に提示し、協議する」との内容を含む確認書が作成された(<証拠略>)。なお、債務者は、企業継続の余地の有無について再検討してみようと思い、組合が用意した右確認書に押印したものであると述べている。

(七) 平成九年九月一三日、第三回目の団交が開かれた。債務者は、「会社の経営方針」や「会社の対応策」などを記載した資料(1)(2)の文書を出した(<証拠略>)。その内容の根拠を示すような資料は債務者からは提出されなかったことや、希望退職者の募集といった内容も含まれていたため、組合は反対し、これについては両者の間で十分な議論がなされなかった。

組合は、会社の存続を前提に、債務者に対して、交通費について全額支給するように要求し、また、有給休暇、生理休暇、残業未払い分の支払などの要求がなされた。

(八) 平成九年九月二〇日、第四回目の団交が開かれた。債務者は再度「会社の経営方針」と「会社の対応策」を記載した文書を出した(<証拠略>)。組合はこれに応じず、これについての話し合いにはならなかった。しかし、有給休暇や、繁忙期の扱いについては、債務者と組合の間で、話し合いがなされ、<1>有給休暇の法定日数付与、<2>生理休暇の付与、<3>社員への交通費全額支給の実施、<4>パート労働者の雇用保険の加入の実施等を合意し、協定書(<証拠略>)を作成した。

(九) 平成九年九月二六日、第五回目の団交が開かれた。従業員である清家が他の従業員に対し、退職を慫慂したり、反組合的な行動をしたことで、これが債務者の指示によるものかが問題とされた。その際に廖利啓が作成した退職金の要綱の存在について話が及び、それを提示することが不当労働行為となるかといったことで争いとなり、(証拠略)のメモが作成された。また、債務者は中村や堀江に対し、四人の退職金の計算を紙に書いて示した(<証拠略>)。

(一〇) 平成九年一〇月四日、第六回目の団交が開かれた。工場長・副工場長など退職が明らかとなり、債務者はもはや事業継続は不可能と説明した。会社の再建についての話し合いはなされなかった。組合から要求書が出された。

(一一) 平成九年一〇月一三日、第七回目の団交が開かれた。債務者は、右要求書に対する回答書を提出した(<証拠略>)。右回答中、「状況が流動的であり、会社の存続・再建については、まったく見通しが立たない状態です。」とあり、債務者の企業再建への消極的態度が示されていたこともあり、組合とは意見が対立してままで、やはり、再建についての話合いはなされなかった。廖利啓は、同月二〇日までに期限を切って個別に希望退職を募集していると話した。同月一七日、希望退職者募集要項が公表され、食堂等にはり出された(<証拠略>)。組合は、右募集要項の公表を受けて、直ちに、債務者に対し、抗議文を渡した(<証拠略>)。同月二〇日、工場長を含む二〇名の退職者が出た。

(一二) 平成九年一〇月二一日、第八回目の団交が開かれた。組合から「人員の補充要求」と「会社の経営の譲渡要求」があったが、債務者から組合に対し、それは不可能であり、会社継続はどうしても無理であることを再度説明し、「会社はもう終わるんだ」と述べた。このころは、債権者らによって工場が運営され、人員配置、製造がなされていた。

(一三) 平成九年一一月四日、組合は、債務者に対し、同年一一月七日に団体交渉を開催するよう申し入れた(<証拠略>)。すると、組合が団交を申し入れた日の翌日、廖利啓は、残っている従業員を集めて、会社を解散して廖利啓が代表清算人に就任したこと及び一一月八日に操業を停止することを発表した。そして、本件解雇に至った。

3  以上によれば、債務者の意思は、当初より、工場を閉鎖して企業廃止する方向であり、組合との交渉においては、一時は組合に対し会社再建の方向への配慮を示すような態度を示したものの、結局、再建に関しては組合との間で真剣な協議をしておらず、その真意に変わるところがなかったもので、右の交渉経過における債務者の態度からすると、組合嫌悪の意図は窺われるが、それが本件解散及び本件解雇を決意したもっぱらの動機であるとか、それを手段として組合活動、団体交渉を止めさせようとしたとは認め難く、本件において、不当労働行為意思による解雇であるとまでは認められない。

4  ところで、解散に伴う全員解雇が整理解雇と全く同列に論じられないことは言うまでもないが、いわゆる解雇権濫用法理の適用において、その趣旨を斟酌することができないわけではない。

すなわち、解散に伴う解雇を考える場合に、整理解雇の判断基準として一般に論じられているところの四要件のうち、人員整理の必要性は、会社が解散される以上、原則としてその必要性は肯定されるから、これを問題とすることは少ないであろう。また解雇回避努力についても、それをせねばならない理由は原則としてないものと考える。しかし、整理基準及び適用の合理性とか、整理解雇手続の相当性・合理性の要件については、企業廃止に伴う全員解雇の場合においては、解雇条件の内容の公正さ又は適用の平等、解雇手続の適正さとして、考慮されるべき判断基準となるものと解される。

したがって、本件解雇においても、その具体的事情の如何によっては、右要件に反し、解雇権濫用として無効とされる余地はありうるものと考えられる。

5  そこで、右を前提に、本件解雇が濫用となるか否かについて検討する。

(一) まず、前述のとおり、本件解散が有効である以上、清算手続において、早晩、従業員が全員解雇されることになるのは必須であったから、実体的には合理的な理由が存在し、原則として、解雇すること自体が濫用となり、無効となるものではない。

(二) しかしながら、他方で、本件解雇に関しては、以下の事情が認められる。

債務者は同族会社であり、一族によるワンマン経営、個人企業的経営を行い、また、その独自の営業形態ゆえに、販売を業としながらも製造中心でのみ経営をなせば足り、品質の高さゆえに、これまで安定した黒字経営状態を保つことができ、今日に至ったものである。

他方、債務者の従業員のほとんどは、菓子の製造に従事し、職人とも言うべき社員やパートで構成されていたもので、商品や会社の信用も彼らの努力に負うところは大きく、ときには、彼らに無理を言って働いてもらい、利益を上げていた面も全く否定できないところである。

債務者にはこれまで労働組合は存在せず、先代の社長のころからの、経営者側と従業員間の人間的なつながりをもって社内の労務管理がなされてきたのが実状である。従業員らは、これまでほとんど経営者らに逆らうことなく、会社の方針に従って仕事をしてきているもので、債務者による終身雇用、継続的営業を期待していたものであった。職場環境、労働条件その他について従業員らの意向を経営者側に十分伝えるといったこともなかった。このように、経営者側は従業員に対して、常に優位な立場にあったものと認められる。

今回、債務者の企業廃止の方向に対し、債権者らは初めて自らの地位を守るため組合を組織して再建及び労働条件の改善を求めたものであるが、これまでの両者の力関係を考えると、債務者が債権者らに対し、会社の方針に反対したからといって、希望退職者と比べて不利な扱いをしたり、債権者らに不誠実な対応をするというのは、決して妥当な処置であるとは言い難く、債務者としては、単に自己の利害と一致するところの株主の利益だけを考えるのではなく、自己の都合から、従業員らの要望に反し、企業廃止の方向を貫こうとしているのであるから、これにより大きな影響を被る従業員らの保護やこれまでの会社への貢献など十分に考慮して企業廃止を実行すべき立場にあったものと考えられる。

もちろん、前記二2(二)のとおり、債務者が従業員の一部に対し、事前に企業廃止、退職の話をもちかけたように、必ずしも債務者の従業員に対する態度が無責任で不誠実であったとは言えないものの、一旦、組合との団体交渉に応じる形で従業員らとの話し合いの道を選んだ以上は、債権者らから申出のあった会社再建に関する再検討についてはもちろん、もし企業廃止の方向を維持するなら、解雇を含めた従業員らに対する今後の取り扱いについて、債務者(経営者側)は、法人ないし経営の責任者として、従業員らの意見や意向を酌み取り、それを債務者の判断に反映させ、従業員の保護も考え、また債務者の恣意に流れないよう、公平な取り扱いを決め、できるだけ従業員らの納得が得られるような内容となるよう債務者の今後のありかたについて熟慮すべき義務があったものと言えよう。

また、前述の交渉の経緯からもわかるとおり、本件解散が、債務者と組合との間の再建をめぐっての団体交渉継続中、組合に対し事前に告げられることなく突然になされ、直ちに本件解雇となったものであるが、どうみても企業継続が困難で、組合との話し合いをせずともおそらく従業員らも納得せざるを得ないような客観的な状況に会社が追い込まれていたのならともかく、債務者の経済状態からして、直ちに本件解雇を実行しなければならない切迫した状況にあったものではなかった。組合の対応にもその責任の一端はあるとしても、債務者と組合との間で、解散や解雇について団体交渉がなされるまでには至っていなかったものであり、したがって、今後も団体交渉が続くと期待していた債権者らの予想を裏切り、本件解雇の手段をとることで、さらなる話し合いの機会を一方的に奪ったというやり方については、適正さを欠く処置であったものと言わざるを得ない。

以上の他に、前述のとおり、債務者と組合の間には解雇に関する協定は存在しないが、組合がそれを不要と考えていたからではなく、そもそも企業継続・再建を要求するため債権者らが組合を結成し、(証拠略)の協約締結から始まって事業継続を前提とした団体交渉を続けていたからであり、もし廃止の方向での話し合いとなれば、おそらく解雇に関する条項も定められた可能性も高かったこと、さらに、債務者としては当初から解散も視野に入れての企業廃止を考えていたもので、再建を希望する組合の強硬な態度に応じて、その時期を延期して、まずは再建に関する組合交渉に応じ、それを続けてきたものであることも併せ考えると、再建についての交渉が暗礁に乗り上げた後は、債務者は自らの原点に立ち返り、債務者の意向である企業廃止を行うことを前提に、以後この速やかな実現に向けて、組合または従業員らとの誠実なる交渉を行うべきであり、例えば、企業を廃止にするにしろ、法人としては残すのか、他の営業を始めるのか、解散、営業譲渡その他いかなる法的措置を採るつもりなのかの点とか、希望退職を(ママ)募集のほかに再就職先の斡旋とか公平な退職金等の決め方など、清算法人になった以後の解雇に関する諸条件について、自らの意見や案を呈示すると共に、組合または個々の従業員からの意見を聴き、これについて折衝するなどして話し合い、債権者らの一応の了解が得られるよう協議を尽くすべきであって、債務者は債権者らに対し、そのような信義則上の義務を負うに至っていたものと言うべきである。

(三) したがって、本件解雇は、上述のとおり、債権者らの債務者の解雇条件の決定手続に対する参加の機会を与えておらず、組合との団体交渉の継続中に突然になされたものであって、解雇基準の合理性やその手続全体の適正さには疑問が残るものであり、本件解雇に関する債務者からの誠意ある話し合いがあったとは認められないことからすると、右信義則上の義務を尽くしてなされたものであるとは認め難く、その限りで、本件解雇は、債権者らの手続上の権利を害し、信義則上の義務に違反したものとして、解雇権の濫用に当たり、無効となると解すべきである。

三  賃金仮払い仮処分の必要性について

債権者らは、債務者の社員ないしパートタイマーとして働いていたもので、いずれも債務者からの賃金を唯一の生活の資とするか、またはそれを生活に必要な収入の一部としていたものであるから、本件解雇前の約三か月の平均賃金の枠内で、各人の一か月に必要な出費の記載に基づき、それぞれ、別表のとおりの金員の仮払いの必要性を認めた(なお、個々の記載内容・金額については、その相当性にはやや疑問のあるものもあり、また、債権者らの中には再就職などによる経済状態の変化が生じている余地も考えられないではないが、とくに債務者からの反対疎明もなく、かつその必要性を喪失させるだけの事情を他の疎明資料から認めることもできないので、一応その陳述のとおりの必要性の疎明があるものとしてこれを認めた。)。

ただし、その期間については、今後上記信義則上の義務を尽くした上で、債務者により新たな有効な解雇がなされることの可能性を含めて、本決定告知後に、労働契約の終了に向け、債務者と債権者らないし組合との間で、解雇の条件等について、誠意ある話し合いをするのに相当な期間までは仮払いを認める必要があり、また、その間にも債権者らにも就職するなどの事情の変化も十分予想されることなども併せ考えると、本件解雇の翌日である平成九年一一月一〇日から平成一〇年一〇月二〇日までの間とするのが相当であり、本案の第一審判決の言渡しの日との関係では、それが先に到来する可能性もないではないから、そのいずれか到来の早い日を終期とした。

以上によれば、債権者らの申立てには、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下し、事案の性質を鑑み、債権者らに担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 森岡孝介)

別紙

<省略>

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